『冷たい雨』

夜、ストリートの片隅で冷たい雨が降っていた。
街頭DAKから流れる酸性雨注意報を尻目に、傘を忘れた勤め人が家路を急ぐ。
雨水が流れこむ排水溝から異臭が立ち上るのは、化学反応を起こしているのだろうか。


夜、ストリートの片隅で少年が倒れていた。
彼はまだ生きていたが、一人で立ち上がる体力はなかった。
無人のゴミ捨て場だけが行く宛のない少年を優しく迎え入れてくれた。


そのまま夜が開ければ、廃品処理業者(ハイエナ)が死体を回収しただろう。
万が一少年が朝まで生きられたとしても、似たような結果に終わっていたはずだ。
だが、彼がその路地で朝を迎えることはなかった。


少年には、ゆっくりと体が冷えていくのがわかっていた。
ああ、多分何もできないままここで死ぬのだろう。
自分がゴミ捨て場にいることが、ひどく当たり前のような気がした。


雨の中、ひとつの足音が聞こえた。
誰かが近づいて来るのはわかっていたが、少年は目を閉じたままでいた。
酸性雨と生活廃水のカクテルは、ひどく目に染みるのだ。


不意に、顔に当たる雨粒が途切れた。雨音は続いていた。
目を開けると、傘を差し掛けた人影が上から覗き込んでいるようだった。
見上げる少年には、逆光で顔かたちもろくにわからなかったが。


少しかすれ気味の、抑揚のない声が路地裏に響いた。
「いきたいのか」
それは質問だったのか確認だったのか。あるいは詠嘆だったのかもしれない。


その言葉に少年は何と答えたのか。
答える前に意識を失ったような、そんな気もする。
だが多分何か答えたのだろう。彼は自分の言葉を憶えていない。


次に意識を取り戻したのは、安ホテルのベッドの上だった。
体は乾いており、部屋には彼一人だった。
サイドテーブルには簡単な食事と一丁の拳銃と奇妙なポケットロンがあった。


ポケットロンは自己主張を始めており、少年はその電話に出た。
「起きたか、サイト」
抑揚のないかすれ声は当然の様に少年の名前を呼んだ。


とにかくそれがサイトと“冷たい雨”の出会いだった。
少なくともサイトの憶えている限り、だが。
そして彼は、路上に倒れているよりは時間をかけて死ぬ運命を手に入れた。


それが良いことか悪いことかは、わからないが。


Cast
“『冷たい雨』の”サイト(バサラ、カブトワリ●、ハイランダー◎)


Guest
“冷たい雨”(カブトワリ◎?)


Author
松江あきら
23:57 06/01/20