『人狼退治』

「おねーさん、アンタは逃げろ!」
「……で、でも」
カムイST☆R、中央区(マクン)西側、森林遊歩道。
「いいから逃げろよ! それで、自治警でもS4でも呼んでくれ!」
「は、はい!」
ちょっとした言い争いの後、走り去っていくヒールの足音。
「……かっこいいなあ、坊主」
人狼は爪での一撃の代わりに、やけに親しげに少年に話しかけた。


その部分だけ切り取ると、まるで日常会話と誤解するような穏やかさだった。
何度も少年の振るった刃物で、辺りは人狼の流した血で染まっているのに。
「るせぇ、バケモノ」
返事を吐き捨てる少年に、人狼は言葉を重ねる。
「かわいそうになあ、お嬢さん」
「……何だって?」
少年は理解に詰まる言葉を聞き返した。
今ここにいるのは彼と人狼だけで、他には誰もいない。
「折角助かったと思ったら、後ろから襲われて、食われちまうんだもんなあ」
「……っくそ!」
それが自分に対する挑発だと気付いた瞬間、少年の頭に血が上った。
――オマエナンテ イナイト オナジダヨ――
人狼の繰り出した爪が少年の額をかすめ、赤い霧が飛沫を上げた。
「本当にかわいそうになあ、お嬢さん」
少年は何も言い返さずに血をぬぐい、ただ人狼を睨みつけた。
「ナイト役の坊主が弱っちいせいで、な」


傍から見る者がいれば、随分と奇妙な戦いだと思っただろう。
人狼の爪と牙を少年は必死に避け、隙を見ては攻撃を繰り出した。
少年の攻撃を人狼は一切避けなかった。人狼の傷は瞬く間に治っていた。
周囲は人狼の大量に流した血と、少年のゆっくり流した血で赤くなっていた。
「まだ気がつかないか、坊主?」
ぎりぎりで爪を避けて懐に飛び込み、少年は人狼の脇の下に肘を打ち込んだ。
一瞬人狼の動きが止まる。だが、一瞬だけだ。
少年は距離を取り、間合いを計った。人狼の爪が届かない距離に。
「お前には俺を傷つけることはできても、殺すことはできない」
人狼は少年の間合いに合わせ、不意に前蹴りを浴びせた。
少年はかいくぐるように軸足を刃物で刈った。また人狼の血が流れた。
仰向けに倒れても、人狼の余裕は変わらなかった。
「坊主、本気を出せばお前なんて……」


置き上がりかけていた人狼の言葉が、不意に途切れた。
大きく開かれた口の中に、矢が突き立っていた。
矢は少年をかすめるように、背後から放たれていた。
少年は大きく横に跳び退り、人狼と矢を放った相手を同時に視界に収めた。
人狼を視界の隅にとどめたまま、射手に問い掛ける。
「さっきそっちに逃げたおねーさんは、無事?」
射手は黒ずくめの、金色の瞳が印象的な青年だった。
人狼の目にもう一本矢を放って、それから、ゆっくりと近づいてきた。
素早く弓に矢をつがえ、警戒を怠らない。
少年は青年から視線を外さず、人狼に歩み寄った。
「一発目で死んでる。こいつが普通に死ぬなら」
片手の指で、人狼の矢の刺さっていない方のまぶたを開いて見せる。


青年は弓から矢を外してから、少年の問いに答えた。
「ああ、あちらで保護されている。行ってやると良い」
「や、いーよ」
いぶかしむような青年に、説明する少年。
「そもそも、単なる通りすがりでさ」
命の危険を冒して、無関係な女性を助けた、ということらしい。
「強そうな相手だったし。『人助けなら戦ってよい』って言われてたしね」
青年は何を指摘するかやや迷ったが、結局誰に言われたかを聞いた。
「や、“師匠”に」
無意味な問いだったらしい。
「おにーさん退魔師でしょ? やっぱ本職じゃないと駄目だね、こーゆーの」
「まあ、ね」
少し真剣な口調になった少年に、青年も真面目に答えた。
「こいつには魔剣じゃないと、とどめを刺すことができないんだ」
「……“師匠”に一本借りとくんだったな」
一人ごちる少年をしり目に、青年は人狼の死体を見やった。


スラムやススキノで何人もの人を襲い、食らった“魔狼”に間違いない。
一旦は自治警察に捕捉されたが、現場にいた十数人を殺傷し逃亡。
それが油断していたとは言え魔剣もなく戦って、手傷だけで済んでいるとは。
「……やっぱST☆Rじゃ武者修業にはならないなー」
青年は、なおも呟き続ける少年に感嘆を込めた視線を向けた。
と、少年が頭を押さえてゆっくり膝を突いた。
「おい、君!」
青年は半ば慌てて少年に駆け寄った。
「やべ。……ちょっと血流しすぎたみたいだ」
「しっかりしろ! 今助けを呼ぶから!」
青年は公園の外で待機している仲間に連絡しつつ、少年に声をかけた。
「おい、君! 君! ……名前は、名前は何て言うんだ?」
「……俺の名は、疾風。カムイ流忍者最後の末裔」
少年は右手の人差し指と中指を揃えて伸ばし、刀印を組むと見栄を切った。
そしてそのまま、意識を失った。


これが八年ほど前、当時少年だった疾風と。
フリーランスの退魔師であったアルコーンの最初の出会いである。
この後、二人は親交を深めるのだが、それも疾風がST☆Rを離れるまでだった。
次に再会するのは、災厄の街、トーキョーN◎VAである。


Cast
少年
 疾風(カゲ=カゲ、チャクラ◎●)
青年
 “漆黒の狩人”アルコーン(クグツ、カゲ●、マヤカシ◎)


Author
松江あきら
22:57 05/02/25